主人公の成長について(3) 「ノルウェイの森」村上春樹

1.

「あんなにホッとしたの本当に久しぶりだったわよ。だってみんな私にいろんなものを押し付けるんだもの。顔をあわせればああだこうだってね。少なくともあなたは私に何も押し付けないわよ」(7章)

7章で緑は渡辺を引き連れて、新宿のDUGで会話をする。緑は火事に付き合ってくれたことを喜んでいて、渡辺が自分には何も押し付けないところが好きだと言うのだ。だが緑はというと、火事から逃げようとした渡辺を見物に付き合わせたりと、いつも渡辺にわがままを押し付けている。一方で渡辺は、とくに考えも無しに押し付けを受け取っている。

火事が起きると渡辺はガソリンスタンドに引火する危険性を考えて逃げようとするが、緑はわがままを言って残ると言い張る。すると渡辺は「もうどうでもいいやという気になってきた」(4章)と判断することをやめて、緑の言うままに従ってしまうのだ。「あらゆる物事としかるべき距離を置いて」、客観的に物事を捉えようとしている渡辺だが、相手に自分の意志を示すことも出来なければ、自分で判断して実行する力も持たない。そのため緑のわがままを言われるまま聞き入れてしまっている。
直子の誕生日に、もう門限の時間だから寮に帰ると声をかけた時にも、直子が喋るのをやめなかったため「あきらめて」、「何もかもなりゆきにまかせよう」と部屋に残ってしまう。異性と肉体でしか繋がるすべを知らなかった渡辺は、かける言葉も分からず肉体関係を持ってしまい、直子を深い混乱に陥れている。

ちなみにこの日も、渡辺は食事を済ませて図書室へ行くつもりだったのに、緑に「もう一回食べなさい」と言われて喫茶店に引きずられていく。その後も授業があるのにサボるように言われ、DUGに付き合わされる。2章では直子と再会すると、本を買いに行くつもりだったのに「仕方なく」追って行き、「まあいいや」などと断れずついて行く。4章では明け方の新宿で二人組の女から酒飲みに誘われると、「断るのも面倒だったし」などと言って付き合う。「暇」なことを言い訳にするのもお決まりだ。6章のバイト中に中学生の女の子から煙草をせがまれても渡してしまう。

渡辺は緑から「押し付けたりしない」と喜ばれ好意を得ているが、単に主張性に乏しく、相手に流されているだけにすぎない。渡辺が誘いを断らないので、緑はショートケーキを捨てて相手に謝らせるようなわがままと、本質的には似たエゴの押し付けをしている。
火事はその後も勢いよく燃え上がったり静まったりを繰り返し、「ガソリン・スタンドに引火したら、この家も吹き飛んじゃうだろう」と見られているように、渡辺の意志の弱さから二人は命を落とす危機にも瀕していた。

渡辺のように女の子の言うことをはいはいと聞いて従っていれば、相手に喜ばれることは容易い。しかしわがままを何でも際限なく聞き入れ続けることなど不可能なのは言うまでもない。そしてどれだけわがままをかなえていったとしても、緑色の服が似合わなかったり、紀伊国屋と比べて小林書店が惨めだなどといった、生まれながらの不公平さが解消されることはない。

2.
9章で緑は再び渡辺を呼びつけて、DUGで会話をする。「世の中が辛くなる」(7章)とここに来るという緑は、父を亡くした後、彼氏とも上手くいかなくなってきた上に、一人で旅行に行っても楽しくない。渡辺を呼び出すと、いつものようにわがままを押し付け、憂さを晴らそうとする。ポルノ映画を観にいった後には、ラブホテルで自分を寝かしつけてほしいと頼むのだ。
一か月分の不満を抱え込み、現実の世界と折り合いをつけることが難しくなってきた緑は、日常生活から逃避できるような、非日常的体験を望んでいる。しかし男友達とラブホテルで二人きりになることには当然危険性も伴う。現実から逃避しようとしたつもりが、更なる幻滅や失望を味わうだけになる恐れもあるのだ。

「そんなことはできない」と僕はきっぱりと言った。「まず第一に僕は十二時までに寮に戻らないといけないんだ。そうしないと無断外泊になる。前に一回やってすごく面倒なことになったんだ。第二に僕だって女の子と寝ていれば当然やりたくなるし、そういうの我慢して悶々とするのは嫌だ。本当に無理にやっちゃうかもしれないよ」(9章)

これまでとは打って変わって、渡辺は緑のわがままを軽々しく聞き入れようとしない。その理由も明白で、無断外泊になるからと規則を重んじたり、肉体関係を持ってしまう危険性を説くなど、直子の誕生日に犯した失敗が踏まえられている。「無理にやっちゃうかもしれない」などと言っているように、展開が予測つかないことには関与せず断ろうとしている。これが3章では「何もかもなりゆきにまかせよう」とした結果、直子を深く傷つけることになったのだ。
緑の父やハツミといった指導者との交流を経て、永沢の行為を見直した渡辺は、性交を軽々しく考えなくなり、自分の行動には責任を持つようになっている。

しかしこれでは緑も納得しないので、悩んだ挙句永沢に電話をかけて助けてもらい、一つ目の門限の問題については解決する。踊ったり食事をして生理的な欲求を満たすと、渡辺は小林書店へと行こうと提案する。これまで緑について行くばかりであった渡辺が自分から行き先を提案をするのは初めてだ。小林書店への誘いは当初のラブホテル行きの要望とはだいぶ異なるものだが、緑はこの提案を受け入れる。渡辺が自分のためになにか考えて行動を起こしてくれたこと、自分に向けられた好意や善意をそのまま受け取る方を選ぶのだ。

小林書店では、緑が全裸で遺影に向かった話をして渡辺を仰天させている。しかし渡辺もまた、病院でエウリピデスの話をしていたことで、緑に「変わっている」と言い返されている。一見すると意図の見えない話であっても、二人とも緑の父のために考えて起こした行動であるという意味では理解できるので、互いに共感し合えるのだ。二人は表面的な言葉の意味や行為をとるのではなく、もっと心の深いところで、相手を理解しあえるようになっている。
DUGではこれまで緑ばかりがしていた性的な話題が、渡辺からも返されようになっていたり、ポルノ映画館では緑の見解を素直に聞き入れるようになっている。不偏的な事実を改めて確認できるようになると、それに照らして他者と考えの共有に至ることができる。一方で緑も、面食いだったのに渡辺の顔でいいと内面を重視するようになっている。

「私ただの一度もわがままきいてもらったことないのよ」「だからこういうのってあなたにしか言えないのよ。そして私、今本当に参ってて誰かに可愛いとかきれいとか言われながら眠りたいの」

渡辺は緑にせがまれていた通りの、好きとか可愛いなどの言葉をかけてやっているが、実際には言葉の意味以上の交流が起きている。緑は相手がただ意のままに従ってくれるよりも、自分のために意志を示し行動で表してくれたことに、より深い理解を感じている。渡辺は今度は話を聞き流さずに相手の気持ちを汲み、それに応えることを覚えている。
これまで異性と体の関わりしか持つことが出来ず、言葉も心も通じていなかった渡辺は、過去に失敗していたコミュニケーションを、肉体関係を用いず相手に寄り添うかたちで実践している。ラブホテルに連れて行ってほしいと言われてその通りに聞き入れるよりも、相手に自分の意志を伝え、それを受け取った側から信頼を返されることで関係性は発展されていく。

「私ね、ワタナベくんって、お金に苦労したことなんかない人だって思ってたのよ。なんとなく」(4章)
「かまわれて育ってよかったわねっていうこと」(10章)

渡辺は親からデパートに「しょっちゅう」(10章)連れてこられたと話したり、緑から「お金に苦労したことない」と言われると否定もしない。家出するなんて思いついたことも無い(7章)とも話している。
緑には渡辺が苦労知らずに育った恵まれた子に見えているが、渡辺の方も緑と付き合っていくうちに、今まで「普通」だと思っていた自分の家庭環境が、いかに恵まれていたかに気づかされていったのではないか。
甘えて育った受動的な子は、甘えられることが無かった積極的な子と組み合わさったことで、意味ある立場の交換が可能となる。今までの自分と真逆の体験をすることで、これまで「普通」だと思っていた一面的なものの見方が見直され、視野が広がっていき、自己の認識も深まっていく。

緑はたとえ渡辺を思い通りに従わせていても、対等な関係を結んでいるとは言えないし、現実の世界は彼女の望み通りに動いてはくれない。しかしラブホテル行きの希望が小林書店行きへの提案として帰ってくると、これを受け入れることができるようになっている。本来望んでいないものも、異性の意見を尊重し協調しあうことで、別の受け入れられるかたちへと変わっていく。こうした与え合いによる相互関係を経験した後では、これまで不満を抱いていた不公平さへの見え方や、外の世界との結びつき方にも変化が生じてくるだろう。

「ねえワタナベ君、私のこと好き?」
「もちろん」と僕は答えた。(1章)
「ねえ、そのもちろんって言うのやめてくれる?」(6章)

そして緑から要求された「わがまま」の内容とは、ちょうど渡辺が直子にかけてやらなければならなかった言葉や、必要とされていた行為とも一致している。作中で渡辺は直子の美しさについて幾度も記していながら、それを直接伝えたことも、好きだと言ったことも一度もないからだ。緑は両親に甘えさせてもらったことが無いと渡辺に直接不満を吐いていたが、直子の家庭問題については阿美寮でレイコから聞かされるまで何も知らずにいた。大学時代の冬休みに直子が帰省しない理由すら、渡辺は尋ねようともしなかったのだ(3章)。家族との交流が希薄だった直子と姉は、独り立ちというよりは孤立化した状態に陥っていき、一人で内に問題を抱え込むようになっていく。

3.
この日渡辺は緑からの電話で起こされているが、そのとき意識は混濁しており、午前か午後か、何日の何曜日なのかも分からず緑に尋ねている。しばらく経つと、「本を読んでそのまま眠ってしまったのだ」と思い至っている。

渡辺はハツミとの交流を経た後も、依然として永沢とも良好な関係を続けている。この章で永沢は3度も登場して、和解し、電話をかけて助けてもらい、帰りも窓から入れてもらい、次章では永沢の言葉を思い出して立ち上がったりする。規則は守らねばならないものとして存在し、実社会を渡り合っていく術など、変わらず永沢からは学ぶ点が多いのだ。渡辺はハツミと永沢のどちらかに偏った考え方をするのではなく、両方に関与した経験を手がかりにして、自分に有用な部分を取り入れようとしている。

眠っているあいだに頭が水びだしになって脳がふやけてしまったような気分だった。(9章)

素顔を隠し続け、無意識内に追いやろうとしていた渡辺の本心が、病院での会話や、ハツミとのビリヤードによって顔を出し、今や自分の感情が洪水のように溢れ出しそうになっている。
渡辺の頭の中では「水びだし」になるような葛藤や模索が渦を巻いているために、「本を読んで」も集中できず、眠りに落ちてしまっている。未整理のままだった考えの数々は、この日の緑との交流を通じて実際に体験されていくことによって整理され、自分の中に取り入れられていく。一つの人格として方向性が見いだされた後には、「眠気の方はさっぱり訪れ」ることなく本を読み通すことが出来ている。
渡辺が読んだ「車輪の下」の作者ヘッセはドイツに生まれ、ドイツとフランス両方に面したスイスの国籍を獲得していく。永沢的な考え方から、永沢とハツミ両面の考え方を取り入れていった渡辺の内面の変化とも符合する。本を読み終わった後に夜が明けていくのも、再生のイメージとも重なるものとなっている。

「ワタナベ君の書いてきてくれるあなたのまわりの世界の出来事は私をとてもホッとさせてくれます」(9章)

渡辺が自分に素直になっていくと、手紙を読んだ直子も暗闇からのばされる手から渡辺の方へと引き寄せられていく。直子は二十歳の誕生日に、周囲の目を気にせずセーターを着ている突撃隊の話を聞いて「その人に会ってみたい」と伝えていた。その時願いは届かなかったが、直子は渡辺の二十歳の誕生日にセーターを送る。今度は突撃隊のように自分に素直になった渡辺が、会いに来るのを待っている。

※渡辺は阿美寮で一度だけ直子に「可愛い」と言っているが、直子が髪を短くしていたためで内心では小学生のようだと付け加えられている。

※「めくらやなぎと眠る女」では、退職した主人公が実家でゴロゴロしているのに親からは何も言われず、伯母さんや叔父さんから心配されている。

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