ディケンズ「デイヴィッド・コパフィールド」継承について

「人間というものは、それぞれ、その子供という形をとって、再び、人生を生きる」
「母親の青春が、この子になって蘇ったのだ」(ミコーバー氏)

収支の計画性を持たず、都合の良い思い込みに導かれ行動するミコーバー氏は、いつも破産のふちに立たされている。ミコーバーの楽観主義や自由奔放ぶりは、子を増やし続けることにも現れているが、ミコーバー夫婦と同じ名が付けられた子たちの性格や運命も、彼の軽率さや思い付きがもたらす、困窮生活の影響を被らされる。
ミコーバーは、夫人から歌の才能を受け継いだ長男を聖歌隊に入れるためにも、自分が名を挙げるつもりでいたが、彼の苦難が続くうちは(ほとんどだが)見込みも手段もなく、子も方向性を定められずに、受けた教育に不平を漏らす。しかし豪州でミコーバーが努力を重ね信頼を勝ち得、成功を収めた後は、長男も歌手として名を馳せている。

本作の長い正式名称に「David Copperfield the Younger」と付けられているように、タイトルには主人公のデイヴィッドが同名の親の息子であることが示されている。そして他の主要人物たちの性格もまた、親の影響のもとに決定づけられ二世としての人生を送る。

叔母のミス・ベッチーは主人公が誕生する前に現れ、女の子が産まれるなら、自分の反省した人生を託そうとしていた。スティアフォースは母の気質を受け継ぎ、性格もそっくりだと、ローザ・ダートルやデイヴィッドに指摘されている。母に瓜二つのアグニスは父を支え、家を取り仕切る母の役割を引き継がされている。ユライアの卑屈さは、目上の人に頭を下げろという父母から教わった処世術によるものだった。ストロングのもとに嫁いだアニーは、母の見返りを求める振る舞いから不名誉な嫌疑を被らされ、消極的な性格となってしまう。
またディック氏だが、彼が書いている回想録にはチャールズ一世のことが紛れ込んできてしまうため、一向に進まない。自分の狂気はチャールズ一世から乗り移ったものだと、時代が矛盾するにもかかわらず信じ込んでいるためだ。これはディックが「同じ名前」の家族から受けた虐待を忘れようとし、自分のルーツは歴史上の人物にある、いわばチャールズ二世だと無理に思い込むことでトラウマを追い払い、精神の安定を図っているためだ。

デイヴィッドの父は主人公が生まれる前に亡くなっており、姿かたちも表さないため、主人公に何の関連性も残していないように見えるが、孤児でまだ十代であったクララと、倍も年齢の離れていたという父が、身分においても年齢においても不釣り合いな結婚をし、この世を去ったことで、妻子に不幸の種を残している。
子のデイヴィッドは、無垢で無防備なまま残された母と家庭を、狡猾な男に奪われ、幼少期は相次ぐ災難に見舞われていくが、これら一連の不幸の元を辿れば原因は父の結婚にあり、子はその失敗のツケを支払わされているといってもいいからだ。

父はクララの足りない部分を我慢し、賢い女といるよりも幸せだと言ってはクララを甘やかし、一切の精神的成長の必要性を覚えさせないまま妻を残して死んだ。そのためクララは反省することなく美しさに自信を持ち、自分の美点を肯定してくれるマードストンと易々と恋に溺れ、後の人生を委ねてしまう。新たな家族になったマードストン姉弟からの思慮のない指導に、彼女は思い悩み衰えていく。

クララの死後、デイヴィッドはペゴティーから母の臨終の様子を聞かされる。最後は前夫のデイヴィッドに愛された思い出を語り、彼に好かれた柔順な性格や、自分の美点を信じて死んでいった。これによってデイヴィッドの記憶での母は、「平和だった若い日の美しい母だけとなった」と語っている。マードストンの意のままに変えられ、弄ばれ、母の役割さえ奪われた愚かな女の印象は消え去り、「心の底から素直でなくちゃいけない」と、母が貫いた性質をデイヴィッドも継ぐことになる。彼は最初の妻に、母と似たようなあどけなさや、美しい髪を持つドーラを選び、父と似たような失敗を繰り返すが、その反省や周囲の観察を経て、理想的な妻としてアグニスを見出し、人生のリベンジを果たしている。

ただし、登場する人物たちは皆、二世といってもただの親の分身ではない。彼らは親の影響を受けつつも、よりよい人生を送ろうと、改善する意思や上昇志向を持っている。デイヴィッドも、アグニスも、またスティアフォースやユライアのような悪人ですらも同様だ。ユライアは、ウィックフィールド父娘の間に割り込んで二人の時間を奪い、地位の転覆を図ることで出世を企てる。

だがスティアフォースは母の指導によって養われた性質の欠陥を自覚すると悔い悩んでいる。ユライアは最後の場面においても母との結びつきを大切にしているが、スティアフォースは母と従来の関係に戻ることを拒む。エミリーが漁師の娘たちと仲良くし、元の個性に立ち返ろうとする姿を見て、傷つけられていったというスティアフォースは、気位の高い本来の性質は変えることが出来ず、それでも「一心同体」だったという母の元にも戻らない。大学にも将来にも関心を持てなかった彼が、破局後も船に乗り続けて、海を渡り、最後も船で死んでいる。死の間際も船上で、特に勇敢に振舞う姿が見られているから、彼はエミリーを捨てた後も現状を打開すべく、船頭や海の男としての生き方を全うしようと戦いを続けていたのではないか。スティアフォースは、かつての自分と理想との間を彷徨い続けた挙句破れ、最後は浜辺に打ち棄てられる。彼がヤーマスに上陸できず嵐に呑まれるのは、最後までヤーマスの人たちのような心を理解し、同化することができなかったかのようだ。

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