幼年時代、船の家で過ごしながら、互いに大好きだと語り合ったデイヴィッドとエミリー。エミリーの貴婦人への憧れは、デイヴィッドとの出会いによって、ますます膨れ上がっていく。
デイヴィッドのセイレム塾時代に、ダン叔父さんとハムが面会に来てくれる(7章)が、二人は何か肝心なことは言い出せずにいる。エミリーの名が出ると「うむ、まあ――」(On—common)と言い淀み、沈黙が流れる。土産を渡してしまうと、話題をガミッジに留めたまま、「妙にこの話題にばかりこだわっているようにさえ見える」と、まごつき、話を切り出せない。デイヴィッドが赤くなりながらエミリーについて尋ねると、ようやく二人は嬉しそうにエミリーが学問をがんばっていることや、字がとても上手いこと、美人で、女になりかけているなどと話し始めるのだ。この話がスティアフォースの乱入によって阻まれることには不吉な未来が暗示されているが、スティアフォースが来なければ「二人はもっと彼女のことを話したかったのだろう」と、デイヴィッドも感じ取っているあたり、二人が来た理由はエミリーに関する話をすることにあったようだ。しかしダンとハムが、ただエミリーを褒めたり自慢するためならば、気後れする理由など無いはずだ。
ハムも助け船を出してくれず話を切り出すのに困ったダンは、便りが回ることをメリーゴーランドに例えて、妹からここの宛名を知らされた、妹にはエミリーに便りを書かすと、それとなく手紙のことを匂わせている。デイヴィッドはヤーマスでの別れ際に、エミリーに手紙を書くと約束をしているが、作中では「約束は、後になって果たした。だが、それは、よく貸間札に出ているあの文字よりも、もっと大きな文字で書かなければならなかった」と、比喩表現で濁されている(注釈には墓碑銘のこととある)。故郷の家に帰るとマードストンに支配されていたこともあって、デイヴィッドが手紙を書いたという記述はない。ダンとハムが、エミリーの字を褒め、学問をがんばっていると話したのは、エミリーが読み書きを覚えて、デイヴィッドからの手紙を待っていることを伝えたかったのではないかと考えられる。しかしそれだけならば、容易く頼めそうなものだ。
恐らく二人が伝えたかったこととは、エミリーを「女になりかけている」「美人になった」と言った言葉の先にあり、これには彼女がデイヴィッドのため、頑張って素敵な奥さんを目指しているということが含まれていたのではないか。
この時点で、エミリーの貴婦人への憧れが、デイヴィッドによって膨らみ続けていたことが分かる。しかしダンに発言をためらわせているのは、二人の間を隔てる身分の差が存在し、幼いエミリーの願いが叶わぬ望みとなっているためだ。更には、もっと階級の高いスティアフォースが登場し、デイヴィッドが彼への憧れを隠さず次々と自慢したことで、エミリーとデイヴィッドという身分違いの仲を取り持とうとした、ダンの儚い望みは絶たれている。無自覚なデイヴィッドは、家に「手紙」を出すときは、彼のことをぜひ伝えてくれとまで言っている。ダンはスティアフォースの前に頭を下げ、へりくだり、立派だと褒め上げ感謝を述べて、目上の者へ抱くべき敬意と、身分の差にしみじみ感じ入っている。
また、この面会がいつも使われているという応接室では行われず、ダンとハムが通されたのが食堂であったこと、その事実を校長が門番に確認している場面が書かれていることにも、格差による扱いの差を見ることが出来る。さらにこのエピソードの前では、メル先生の母が救貧院に住んでいることが暴かれ、学校の品位を落とすという理由で、先生は学校を追い出されるなど、身分差で隔てられる様子が連なる様に記されている。
その夜、デイヴィッドはスティアフォースに「笑われやしまいかというのがこわくて」エミリーのことを話せずいる。スティアフォースがお付き合いしているミス・クリークルは、上品で魅力があるとデイヴィッドにも認められているが、そのスティアフォースを相手に、エミリーとの恋を恥ずかしく感じ、打ち明けられないのだ。
エミリーが「女になりかけている」と聞かされたデイヴィッドは、不安を覚えて、考えを振り払おうとし、まだ子供であろうとするのに対して、次に会った時のエミリーは、少し大人びていて、媚態を示し始め、デイヴィッドよりも先に成長した跡を感じ取れる。デイヴィッドは「たった一年ちょっとの間に、すっかり、私とは遠くなってしまっていた」と、エミリーとの距離の開きを実感しているが、一年ちょっとどころか、この面会の時点で「女になりかけている」などと伝えられているから、デイヴィッドと会ってわずか数か月程度でエミリーは思春期を迎えており、デイヴィッドから受けた影響は大きい。
※ エミリーに手紙を書くと約束した時、デイヴィッドは7~8歳(今の日本だと小学2年生)で、大きな字しか書けなかったとは考えづらい。その数か月後には、セイレム塾へ向かう途中の宿屋で便箋を買ってペゴティーに手紙も書いている。ただし、表現力が乏しいため大きな字で書いたという意味にも取れる。