ネリーの思い込み 嵐が丘(2)/ブロンテ

1.
屋敷に連れてこられたヒースクリフにキャサリンとネリーが悪行を働くと、旦那様が二人にお返ししていた。ネリーも敬愛する旦那様の教えを継承し、自分が受けた仇は相手にお返しするし、また逆に手痛い反撃を食らったりもする。嵐が丘の住人たちにとって、借りを返すことが立派な行動原理となっている。

「ネリー、ちゃんとしたかっこうをさせてほしいんだ。いい子になろうと思って」
「やっとその気になったのね。あんたはキャサリンのことを悲しませてしまったのよ。帰ってこなければよかったと思っていますよ、きっと。あんたよりキャサリンのほうが大事にされるからねたんでいるみたいね」
キャサリンをねたむというのはヒースクリフには理解できないことでしたが、悲しませたというのならよくわかることでした。(7章)

自然児のようなキャサリンが、リントン家から「品位」を授かって帰ってくると、ヒースクリフは馴染めず顔を合わせられない。それを見た同じ身分のネリーも、共感して憐れみを覚える。その後ネリーはヒースクリフを励ましてやるのだが、「嫉んでいる」と言われたことについては、彼には心当たりがない。この「嫉み」の感情とはネリーがキャサリンに抱いたものであるからだ。このようにネリーは感情を自制できず、たびたび表に出てしまっている。

わたしはキャサリンが大好きとは言えず、時折虚栄心をくじいてやることに満足を覚えておりました。その上あまりにも痛かったものですから、ひざまずいていた姿勢から勢いよく立ち上がって金切り声で言いました。(8章)

キャサリンはスラッシュクロスでは素敵な男性であるエドガーに惹かれ、嵐が丘ではヒースクリフと自然児のような気持ちを共有し続ける。二つの顔(8章)を使い分け、二人の男の間で板挟みになり出す。
8章でエドガーが嵐が丘に遊びに来ると、二人きりになりたいキャサリンはネリーを追い出そうとして手をあげる。すかさずネリーが声を張り上げてエドガーに伝えると、キャサリンはますます苛立ち、エドガーにまで暴力をふるう。こうしてキャサリンの本性を知ることになったエドガーはショックを受け、ネリーは追撃にキャサリンの悪口まで吹き込んで嵐が丘から追い出そうとする。しかしエドガーは悩んだ末にキャサリンを受け入れるので、二人の仲は急速に深まり婚約を取り付けてしまう。
これまで二人の男友だちが顔を合わせると具合が悪いというキャサリンを「見つけては笑ってやった」(8章)などと、喜んで見ていたネリーであったが、ここでは意地悪くキャサリンを陥れようとしたところ、裏目に出てしまっている。

この直前にはヒースクリフもキャサリンにエドガーを追い返すようにと頼み、断られていた。ヒースクリフは最近は「好意を口に出すことはなくなり」(8章)、キャサリンから「ちっともおもしろくない」と問題点を指摘されると、不貞腐れて出て行ったところだったのだ。ヒースクリフは自分から好意を示せないくせに、相手の好意を求めようとして撥ねつけられている。
ここでネリーとヒースクリフの二人はキャサリンに強情を張ろうとした結果、天敵同士を結び付けてしまうことになり、ともにしっぺ返しをくらっている。

2.

「ヒースクリフと結婚すればわたしも落ちぶれてしまう。だから、愛してるけれど絶対にそうは言わないの。わたしがヒースクリフを愛しているのは、ハンサムだからなんていう理由からじゃないのよ、ネリー。ヒースクリフがわたし以上にわたしだからなの。魂が何でできているか知らないけれど、ヒースクリフの魂とわたしの魂は同じ――エドガーの魂とは、月光と稲妻、霜と火くらい掛け離れているのよ」
キャサリンの言葉が終わらないうちに、わたしはヒースクリフがいたことに気づきました。かすかな気配を感じてふり返ると、ヒースクリフがベンチから立ち上がり、そっと出て行くのが見えたのです。(9章)

エドガーと婚約を結んだキャサリンは、その判断の是非をネリーに相談する。この話を実はヒースクリフが傍で聞いており、途中出て行ったのをネリーは見ている。ヒースクリフは自分への愛が語られている場面だけを聞いていない。ヒースクリフは屋敷を去り、彼がいなくなったとジョウゼフが騒ぎ始めて、ようやくネリーはヒースクリフが話を聞いていたことをキャサリンに伝えている。
もしネリーが早くにヒースクリフに伝えていたら、彼は大きな慰めを得ていたはずだし、もしくはキャサリンに伝えていたならヒースクリフを捕まえて誤解を解いていたはずだ。しかしネリーはここで二人が隔てられるままにしておく。

ではなぜネリーは二人の仲を隔てたのだろうか。それはこのエピソードの前に答えが置かれている。
この9章と8章は地続きになっている。そして7章の終わりでは、ネリーの話はいったん中断され、ロックウッドとの会話が挟まれている。ここでロックウッドは、ネリーが思慮深くて労働者らしくないと褒め上げるので、気を良くしたネリーはこれまで学習してきたことの成果や、自分の信条をぺらぺらと述べ出すのだ。紳士のロックウッドのように他言語の本までは読めないが、何語で書かれているかくらいは分かると得意げに述べている。

「貧乏人の娘としては、それが限度でございましょう」(7章)

この小話はネリーの人生観を明らかにするために挟まれている。ネリーは召使という自分に与えられた地位や運命を、ささやかに充足させて生きてきたことに誇りを持っている。そして生まれながらに宛てがわれた階級から抜け出すなどという、恐れ多い考えなど持っていない。

そのためキャサリンから身分差という埋めがたい現実問題について言及されると、ネリーは何も反駁できなかった。結局ヒースクリフは身分上キャサリンと結ばれることは無いのだから、無駄な希望を与えまいとしてヒースクリフを引き留めず、二人の想いがすれ違うような選択を取っている。
ネリーはヒースクリフが階級問題にぶつかって傷ついているのを知っていながら、受け入れねばならない痛みと見なして干渉せずにいる。ネリーの目に身分や格差の問題は、変えられないさだめとして映っているのだ。

しかしネリーは、ヒースクリフの器を推し量れていなかった。ヒースクリフは運命を受け入れようとせず、嵐が丘を去ると出世して紳士となって帰還し、大それた復讐を果たそうとするからだ。ネリーが必要だと判断した痛みは、ヒースクリフにとって復讐の原動力となって働いてしまうのだ。

ヒースクリフを失ったキャサリンは錯乱しかけるが、スラッシュクロスに引き取られ愛情をたっぷり注がれて回復すると、「一人前の女で、主人のつもり」となって嵐が丘に帰ってくる(9章)。この時点でキャサリンは荒々しい嵐が丘の流儀から、規律正しいスラッシュクロスの様式へと変化しつつある。召使に対しても主従の立場を明確にし、あらゆるわがままを押し付け、「女主人」への服従を要請するが、嵐が丘の住人であるネリーとジョウゼフは一歩も引かずに揉めている。

ヒンドリーのほうも、ケネス先生から注意を受けている上に、怒ると発作を起こしやすい妹の体調を心配して、何でも言う通りにし、激しい気性に火をつけることが無いようにと心がけていました。むしろ、気まぐれに対して甘すぎるくらいでした。それも愛情からではなくて虚栄心のため――妹がリントン家に嫁いで家名をあげてくれるのを望むからなのでした。自分に干渉さえしなければ、妹が召使を奴隷のように踏みつけにしたって、俺の知ったことか、というわけなのでございますよ。(9章)

ここでネリーは酷い思い違いをしている。キャサリンを錯乱から遠ざけるために愛情を注ぐようにという医師の言いつけを、ヒンドリーは忠実に守っている。ネリーはヒンドリーが「虚栄心」を満たすためにキャサリンを甘やかしていると思い込んでいるが、実際にはネリーこそが虚栄心からキャサリンへの服従を拒んでいるのだ。

固い規律に守られたスラッシュクロスだが、キャサリンは結婚後にネリーもつれていくのでそう上手いこと行かなくなる。ネリーはスラッシュクロスにも「嫉み」や「虚栄心」の感情を持ち込んで、相変わらず嵐が丘流に主人の言いつけを破って行動するので、屋敷の慣例には隙が生まれてしまうのだ。

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